茜さん
さん
「洞ヶ峠を決め込む」という言葉があります。
勝ちそうな方に味方をするという意味です。

1582年、明智光秀が織田信長を討った本能寺の変。この後は天王山・大山崎合戦に至ります。

明智光秀と仲と好かった奈良県の戦国大名45万石の筒井順慶は京都府八幡市(石清水八幡宮の在る地、京都府と大阪府の境目)は洞ヶ峠で戦況を見ていました。

ここは光秀の陣地の背後、光秀に味方するつもりだったのかもしれません。

写真1:八幡市の洞ヶ峠はサルスベリの街路樹で有名です。

写真3:大阪府在住の私は京都市内に行くときはいつもこの交差点を通過します。
左右に走るのが国道1号線、向かって右に行くとき京都市内方面です。

いつもこの前を通りながら、サルスベリの街路樹を撮影しませんでしたが、先日京都に行く機会があって撮影してきました。